雪 の いと 高 う 降り たる を 現代 語 訳。 『枕草子』の「雪のいと高う降りたるを」の段で、

枕草子『雪のいと高う降りたるを』現代語訳

御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせたまふ。 参考文献 石田穣二『枕草子 上・下巻』(角川ソフィア文庫),『枕草子』(角川ソフィア文庫・ビギナーズクラシック),上坂信男,神作光一など『枕草子 上・中・下巻』(講談社学術文庫) スポンサーリンク [古文・原文] 176段 雪のいと高うはあらで、薄らかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ。 風流である平安人であるならば、雪と言えば「香炉峰の雪」、「香炉峰の雪」と言えば「簾を上げて見る」、というように連想出来てこそ一流、というような話です。 ここでは、中宮定子) おしゃべりしながら、集まって 「少納言よ、香炉峰の雪いかならむ。 」と言う。 やはり、この中宮にお仕えする女房としては、そのようにあるべきなのでしょう。

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雪のいと高う降りたるを: 高校古文こういう話

他の女房も白居易は知っていましたが、 それを行動で表すという対応は思いつきませんでした。 ざり=打消の助動詞「ず」の連用形、接続は未然形 つれ=完了の助動詞「つ」の已然形、接続は連用形。 時代は、前・中・後期まで答えること。 雪見のために、雪に足跡を付けないようにするとか、 または今の「雪だるま」のような感覚で雪を大きな塊にする「雪まろばし」などという遊びもありました。 また雪のいと高う降り積もりたる夕暮より、端近う、同じ心なる人三人ばかり、火桶を中にすゑて物語などするほどに、 暗うなりぬれど、こなたには火もともさぬに、おほかたの雪の光、いと白う見えたるに、 火箸して灰など掻きすさみて、あはれなるもをかしきも、言ひあはせたるこそをかしけれ。 なので、定子様も直接自分の気持ちを伝えて 女房たちを叱責するような感じになるのではなく、 白居易を引用することで、言葉遊びのようにして自分の気持ちを伝えたのでしょう。

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『枕草子』の現代語訳:101

中盤から出てくる男の話は、実際に清少納言が経験したことなのか、あるいは理想像として書いたものなのか。 この時の「香炉峰の雪はどうであろうか」という言葉はどういう気持ちで言ったんでしょうか。 「こそ」を受けて已然形となっている。 謙譲語で、こういう場合古文では、誰に対しての敬意かということを確認していく。 楽天AD [現代語訳] 177段 村上の先帝の御代に、雪がとても多く降ったのを、様器(うつわ)にお盛りになられて、梅の花を挿して、月がとても明るい時だったが、「これについて歌を詠め。

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枕草子『雪のいと高う降りたるを』現代語訳

係り結び。 香炉峰の雪はどんな感じでしょうか?」と定子がおっしゃるので、 御格子上げさせて、 語句 上げさせて(ここには敬語が使われていないので、上げさせたのは、定子ではない。 この詩は、『白氏文集』の中に出てきます。 という言葉は、誰の何という作品を踏まえたものか。 あけぐれのほどに帰るとて、「雪なにの山に満てり」と誦じたるは、いとをかしきものなり。 また、雪のいと高う降り積りたる夕暮より、端近う、同じ心なる人、二、三人ばかり、火桶(ひおけ)を中に据ゑて物語などするほどに、暗うなりぬれど、こなたには火もともさぬに、大かたの雪の光いと白う見えたるに、火箸(ひばし)して灰など掻きすさみて、あはれなるもをかしきも言ひあはせたるこそ、をかしけれ。 現代語で二重敬語を使うと間違った言葉使いなので、二重敬語であっても現代語訳は普通の敬語で訳す。

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雪のいと高う降りたるを: 高校古文こういう話

ここでは、中宮定子のこと。 さること(然ること)=そのようなこと、あのようなこと。 女のかぎりしては、さもえ居明かさざらましを、 ただなるよりはをかしう、好きたるありさまなど、言ひあはせたり。 」と言ふ。 明暮のほどに帰るとて、「雪、何の山に満てり」と誦(ず)じたるは、いとをかしきものなり。

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『枕草子』の現代語訳:101

めり=推定の助動詞「めり」の終止形、接続は終止形(ラ変なら連体形)。 同じ人を御供にて、殿上に人侍はざりけるほど、佇ませ給ひけるに、火櫃(ひびつ)に煙の立ちければ、「かれは何ぞと、見よ」と、仰せられければ、見て、帰りまゐりて、 わたつ海の沖にこがるる物見ればあまの釣してかへるなりけり と奏しけるこそ、をかしけれ。 いかが言ふべき」と、兵衛の蔵人に賜はせたりければ、「雪月花(せつげつか)の時」と奏したりけるをこそ、いみじうめでさせ給ひけれ。 今回と同じ『枕草子』には、「雪がいつまで溶けずに残るか」という予想をして楽しんでいる描写もあります。 他の人々も「そういう事はわかっていて、漢詩とはいえ身近な作品で和歌などにまで歌うけれど、思いつきもしなかった。 定子様は、宮仕えの慣れない清少納言が、自分の近くで仕える人物として ふさわしいことを、他の女房にも認めさせる機会を作ったともいえます。

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枕草子『雪のいと高う降りたるを』解説・品詞分解

自慢したいことはどんどん、包み隠さず、堂々と書きましょう、皆さん。 雪は現代人にとっても特別な感情をかき立てるものがあります。 「今日の雪を、いかにと思ひやりきこえながら、なでふ事にさはりてその所に暮らしつる」 など言ふ。 このウェブページでは、『枕草子』の『雪のいと高うはあらで、薄らかに降りたるなどは、いとこそをかしけれ~』の部分の原文・現代語訳を紹介します。 定子様も、それを知っていて、 「外の雪景色が見たいわ」と直接言うのではなく、 暗に自分の意志を伝えたのです。 25文字以内で説明してください。

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枕草子『雪のいと高う降りたるを』現代語訳

直後に尊敬語が来ないときは尊敬の意味にはならず「使役」の意味となる。 こうして風流な男が加わると、女だけでいるよりも面白くて、 男が帰った後まで、その風流な有り様などを話し合ったりするの。 語句 さべきなめり(さるべきなるめり。 」と言ふ。 女房達も、「そのような漢詩(白居易の「香炉峰下~」の漢詩)は知っており、歌などにまで歌うけれども、(御簾をまき上げる動作でお答えするということは)思いつきませんでした。 」と言った。 現代語訳と品詞分解を並べて記載しています。

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